「年俸で金額を決めたので、残業代は年俸に含まれている」「歩合給は成果に応じて払っているので、時間外手当はない」「固定残業代を払っているから、毎月の残業計算は不要」——給与制度を導入した後、このような説明だけが残っていることがあります。
しかし、給与体系の名称だけで割増賃金の支払いがなくなるわけではありません。年俸制でも歩合給でも、法定時間外・法定休日・深夜労働を把握し、その制度に合った方法で法定額を計算します。固定残業代は、その法定額へ充当する支払方法であり、労働時間の記録や超過分の精算を省略する制度ではありません。
この記事の結論 年俸制は年俸額を時間単価へ換算し、歩合給は算定期間の総労働時間から割増単価を求めます。固定残業代は通常賃金と判別できるようにし、実際の時間から計算した法定の割増賃金額と毎月比較します。名称や想定時間にかかわらず、既払額が法定額を下回れば不足額の追加支給が必要です。
まず「賃金の決め方」と「残業代の支払方法」を分ける
年俸制、歩合給、固定残業代は、同じ種類の制度ではありません。
三つの制度で違う確認ポイント
「給与に含む」という一言でまとめず、何を決める仕組みなのかを分けます。
| 制度 | 何を決める仕組みか | 残業代の主な確認 |
|---|---|---|
| 年俸制 | 1年間の賃金額を基準に月例額などを決める | 年俸のどこまでが通常賃金か、割増部分を区分できるか |
| 歩合給 | 売上、件数、出来高などの成果で賃金を決める | 歩合給を総労働時間で割り、割増分を計算しているか |
| 固定残業代 | 一定の割増賃金をあらかじめ定額で支払う | 通常賃金との区分、対象時間、法定額との差額 |
たとえば「年俸制で、年俸の中に30時間分の固定残業代を含む」という組み合わせもあります。この場合は、年俸制として通常賃金の時間単価を求めたうえで、固定残業代として支払った部分が法定額以上かを確認します。
制度を組み合わせても、確認を一段飛ばしにはできません。
年俸制でも時間外・休日・深夜の割増賃金は必要
年俸制は、賃金額を1年単位で決める方法です。労働時間規制の適用を外す制度ではありません。年俸制であることだけを理由に、法定時間外・法定休日・深夜労働の割増賃金を不要にはできません。
なお、労働基準法第41条の管理監督者などに当たるかは、年俸制とは別の要件で判断します。管理監督者に該当しても深夜割増は必要になるため、「管理職」「年俸制」という名称だけで全区分を対象外にしないようにします。
年俸を12分割して支払う場合
年俸480万円を12分割し、毎月40万円を支給する例を考えます。除外できる賃金はなく、1年間における1か月平均所定労働時間数を160時間とします。
通常の1時間単価:40万円 ÷ 160時間 = 2,500円
ある月の法定時間外労働が20時間で、すべて25%以上の割増率を適用する時間なら、単純化した法定額は次のとおりです。
2,500円 × 1.25 × 20時間 = 62,500円
月例40万円とは別に割増賃金を支払うか、年俸の一部を固定残業代として明確に区分し、その支払額と62,500円を比較する必要があります。
年俸の一部を「賞与」として支払う場合
年俸額の一部を6月・12月などに支払えば、必ず割増賃金の計算基礎から除外できるわけではありません。
年俸契約の時点で年間総額と各回の支給額が確定し、単に支払時期だけを賞与月へ分けた部分は、臨時に支払われる賃金や、一般的な意味での賞与とは性質が異なります。厚生労働省のQ&Aでは、このような確定済みの賞与部分も含めて、年俸額を割増賃金の算定基礎とする考え方が示されています。
一方、会社業績や本人評価によって支給の有無・金額が決まり、あらかじめ額が確定していない賞与は、同じ扱いとは限りません。名称ではなく、年俸契約、賃金規程、支給実績を照合します。
年俸へ残業代を含めるなら内訳と毎月の比較が必要
「年俸480万円(残業代を含む)」だけでは、通常の労働時間に対する賃金と割増賃金相当部分を判別できません。
少なくとも、次の内容を契約書や賃金規程で確認できるようにします。
- 通常の労働時間に対応する年俸額・月例額
- 固定残業代として支払う金額
- 何時間分の、どの労働区分を対象にするか
- 法定額が固定額を上回った場合の追加支給
年間で固定残業代の総額を決めていても、「ある月の不足を別の月の余りで埋める」という計算には注意が必要です。厚生労働省のQ&Aは、各月の固定残業代が、その月の実際の時間外労働等から計算した額に満たなければ、労働基準法第37条違反となる点を示しています。
歩合給は「総労働時間」で割増単価を求める
歩合給は、売上や配達件数などの成果に応じて賃金額が決まります。成果で払っているから時間管理が不要、という制度ではありません。
労働基準法施行規則第19条では、出来高払制その他の請負制による賃金について、賃金算定期間の総額を同じ期間の総労働時間数で割り、1時間当たりの賃金を求める方法を定めています。
歩合給部分の1時間単価 = 算定期間の歩合給総額 ÷ 同期間の総労働時間数
ここでいう総労働時間には、通常の労働時間だけでなく、時間外労働を含みます。所定労働時間や法定時間外労働だけで割らないようにします。
歩合給部分は原則として「割増部分」を加える
歩合給額は、時間外労働中に上げた成果も含む算定期間全体の成果から決まります。そのため、厚生労働省のQ&Aでは、歩合給部分について通常の賃金100%部分はすでに払われていると考え、法定時間外労働には原則として25%以上の割増部分を加える方法が示されています。
固定給と歩合給が混在する場合は、二つを分けて計算します。
【計算例】固定給と歩合給がある場合
次の条件で、法定時間外労働20時間分を単純化して計算します。深夜・法定休日労働はないものとします。
- 固定給:18万円
- 歩合給:12万円
- 1か月平均所定労働時間数:160時間
- 賃金算定期間の総労働時間:180時間
- うち法定時間外労働:20時間
固定給部分は、月給者の方法で通常賃金100%と割増25%を合わせて計算します。
18万円 ÷ 160時間 × 1.25 × 20時間 = 28,125円
歩合給部分は、総労働時間180時間で1時間単価を求め、25%の割増部分を計算します。
12万円 ÷ 180時間 × 0.25 × 20時間 = 約3,333円
追加する割増賃金の合計:28,125円 + 約3,333円 = 約31,458円
実際の給与計算では、会社の賃金規程と認められる端数処理を確認します。また、深夜労働、法定休日労働、月60時間を超える法定時間外労働があれば、それぞれの区分と率を別に反映します。
歩合給でも最低賃金の確認は別に行う
歩合給を採用していても、賃金を労働時間へ換算した額が最低賃金額以上かを確認します。固定給と歩合給が混在する場合は、それぞれを時間額へ換算し、合計して比較する方法が厚生労働省のQ&Aで示されています。
最低賃金の確認と、時間外労働の割増賃金計算は目的が異なります。「歩合給が多い月だから問題ない」と総支給額だけで判断せず、計算過程を残します。
固定残業代は「定額を払えば終わり」ではない
固定残業代は、実際の時間外労働等の有無にかかわらず、一定の割増賃金をあらかじめ定額で支払う方法です。法律上の割増賃金計算そのものを固定する制度ではありません。
実務では、少なくとも次の二段階を毎月行います。
- 実際の法定時間外・法定休日・深夜労働から、法定の割増賃金額を計算する
- 固定残業代として支払った額を充当し、法定額を下回る差額を追加支給する
通常賃金と固定残業代を判別できるようにする
厚生労働省のQ&Aでは、通常の労働時間の賃金に当たる部分と、割増賃金に当たる固定残業代部分を判別できるようにする必要があると説明しています。
たとえば、次のような表示をそろえます。
- 基本給:25万6,000円
- 固定時間外手当:6万円(法定時間外労働30時間分)
- 30時間を超える法定時間外労働分は追加支給
- 法定休日労働・深夜労働は固定時間外手当の対象外として別途支給
「月給31万6,000円(残業代を含む)」だけでは、固定残業代の金額と対象を判別しにくくなります。また、「営業手当」「職務手当」など別の名称でも、割増賃金として扱うのであれば、何に対する支払いかを明らかにします。
【計算例】30時間分の固定残業代を超えた場合
上記の例で、1か月平均所定労働時間数を160時間、実際の法定時間外労働を38時間とします。すべて25%以上の割増率を適用する時間とします。
通常の1時間単価:25万6,000円 ÷ 160時間 = 1,600円
30時間分の法定額:1,600円 × 1.25 × 30時間 = 60,000円
固定時間外手当6万円は、30時間分の法定額と一致します。実際には38時間働いているため、超えた8時間分を追加します。
追加支給額:1,600円 × 1.25 × 8時間 = 16,000円
実際の残業が30時間未満だった月に、約束した固定残業代を実績に応じて減額する運用は、固定額という契約内容と矛盾します。一方、30時間を超えた月は、超過分を支払います。
休日・深夜・月60時間超を一つの時間数へ混ぜない
固定残業代が何を対象にするかは明確にします。「30時間分」に法定休日労働や深夜労働まで含むのか不明なままだと、割増率の違う時間を正しく比較できません。
運用を分かりやすくするなら、固定残業代の対象を法定時間外労働の25%以上の区分に限定し、法定休日、深夜、月60時間超の上乗せ部分は別途支給する設計が考えられます。
割増率の重なり方は、深夜・時間外・休日労働が重なる場合の割増率で整理しています。
固定残業時間は残業を命じられる上限ではない
「30時間分の固定残業代を払っているので、毎月30時間までは残業させてよい」という意味ではありません。
固定残業代は賃金の支払方法です。法定時間外・法定休日労働をさせるための36協定の締結・届出や、協定上・法律上の上限管理とは別に考えます。
また、固定残業時間に届かなかった分を翌月へ繰り越して、翌月の超過分と相殺するものでもありません。勤怠上の実時間、36協定上の時間、給与上の充当額を、それぞれの目的に沿って月ごとに管理します。
勤怠・給与システムで確認する7項目
1. 賃金形態と計算式を従業員ごとに分ける
月給、年俸、歩合給、固定給と歩合給の併用など、従業員マスタの賃金形態と給与計算式が一致しているかを確認します。名称だけ年俸制に変え、月給用の単価が残っていないかを見ます。
2. 割増賃金の計算基礎を確認する
基本給のほか、役職・資格・職務など算入すべき手当が入っているかを確認します。固定残業代そのものと、通常賃金に当たる手当を混同しません。
残業代の計算基礎に含める手当・除外できる手当で、支給条件による判断を解説しています。
3. 年俸の賞与部分を別マスタへ逃がしていないか
支給額があらかじめ確定している年俸の一部を「賞与」コードで支給し、割増基礎対象外の初期値を適用していないかを確認します。契約上の年俸内訳と給与項目マスタを照合します。
4. 歩合給の分母に総労働時間を使っているか
歩合給の算定期間と勤怠の締め期間を合わせ、同じ期間の総労働時間を連携します。所定労働時間、法定時間外労働時間、出勤時間のいずれか一つを誤って分母にしていないか、テスト計算で確かめます。
5. 固定残業代の対象区分を明確にする
法定時間外、法定休日、深夜、月60時間超のどこへ固定額を充当するかを設定します。対象外の区分は、実績に応じて別の給与コードへ連携します。
6. 想定時間と超過アラートを分ける
固定残業30時間に達したら通知する機能は便利ですが、30時間未満の実労働時間を消すための設定ではありません。日々の実績を保持したまま、給与担当者へ不足額の確認を促すアラートとして使います。
7. 賃金改定後に固定額を再検算する
基本給や算入手当が上がると、同じ30時間分でも法定額が増えます。固定残業代の金額を据え置くと、想定時間に達する前から不足する場合があります。昇給、手当新設、年間休日・所定時間の変更時に再計算します。
毎月の不足額を確認する4ステップ
名称ではなく、計算過程をつなぐ
- 1通常賃金を確定年俸・固定給・歩合給と算入手当を整理
- 2実労働時間を区分時間外・休日・深夜・月60時間超を集計
- 3法定額を計算制度ごとの時間単価と割増率を適用
- 4既払額と比較固定額を充当し、不足額を追加支給
残す記録使用した賃金項目、時間数、割増率、既払額、差額を一人・一計算期間ごとに追えるようにします。
最初の点検では、制度ごとに一人を選び、一つの賃金計算期間を手計算すると差の発生箇所を見つけやすくなります。差があれば、同じ計算式を使う従業員、制度の導入日、最後にマスタを変更した日へ調査範囲を広げます。
労働条件通知書・賃金規程で確認する事項
給与システムの計算が合っていても、契約書や規程の説明と違えば、従業員が支払内容を確認できません。
年俸制では、年俸総額、月例・賞与時の支給額、通常賃金と固定残業代の内訳を確認します。歩合給では、成果の算定方法、対象期間、締め日、控除・返品時の扱いを明確にします。
固定残業代については、求人時にも、固定残業代を除いた基本給、対象となる時間数と金額等の計算方法、固定時間を超える時間外労働・休日労働・深夜労働分を追加支給する旨の明示が求められます。入社後の労働条件通知書や就業規則・賃金規程も同じ内容でつなぎます。
次の資料で金額や対象が一致しているかを確認してください。
- 求人票・募集要項
- 労働条件通知書・雇用契約書
- 就業規則・賃金規程
- 給与項目マスタ
- 給与明細
よくある誤解を整理する
説明だけで終わらせないための確認表
社内で使われがちな説明を、実務上の確認へ置き換えます。
| よくある説明 | 実務で確認すること |
|---|---|
| 年俸に残業代込み | 通常賃金と固定残業代を判別でき、毎月の法定額以上か |
| 賞与だから基礎対象外 | 年俸契約時に金額が確定した支給部分ではないか |
| 歩合に残業分も含まれる | 総労働時間で単価を出し、割増部分を追加しているか |
| 固定30時間以内なら計算不要 | 実時間から法定額を計算し、固定額との不足を確認したか |
| 固定残業代があるから36協定は不要 | 協定の締結・届出と上限管理を別に行っているか |
まとめ:給与体系ではなく法定額と既払額を比べる
年俸制、歩合給、固定残業代の割増賃金を確認するときは、次の点を押さえます。
- 年俸制でも、時間外・法定休日・深夜労働の割増賃金は必要
- 年俸契約時に金額が確定した賞与部分は、名称だけで計算基礎から外さない
- 歩合給は、同じ算定期間の歩合給総額を総労働時間で割る
- 固定給と歩合給があれば、別々に時間単価と割増賃金を計算する
- 固定残業代は通常賃金と判別できるようにし、対象区分を明確にする
- 実際の時間から計算した法定額が固定額を超えれば、差額を追加支給する
- 固定残業時間は、残業を命じられる上限や36協定の代わりではない
- 賃金改定や所定時間の変更時は、固定額が想定時間分を満たすか再検算する
三つの制度に共通するのは、給与の名称だけで判断せず、通常賃金、実労働時間、割増率、既払額を同じ期間でつなぐことです。月60時間を超える時間外労働の集計や勤怠の丸め処理も含め、一人分の勤怠と給与明細を手計算で突合してみましょう。
年俸の内訳、歩合給の計算期間、固定残業代の対象区分が複数の資料で食い違う場合は、システム設定だけを変更せず、労働条件通知書・賃金規程・給与明細まで一体で見直す必要があります。