「今月は45時間を超えそうなので、特別条項を発動しておいてください」。月末が近づいてから、現場責任者が人事へこのように連絡することがあります。

しかし、特別条項付き36協定は、残業時間を後から合法にするための予備枠ではありません。あらかじめ労使で定めた臨時的な特別の事情が実際に生じ、協定に記載した労使協議や事前申入れなどの手続きを行い、それでも避けられない範囲に限って使うものです。

さらに、月45時間を超えられるのは年6か月までです。時間外労働が年720時間以内であっても、時間外労働と法定休日労働の合計が単月100時間以上になったり、2〜6か月平均のいずれかが80時間を超えたりすれば、特別条項の範囲内には収まりません。

この記事の結論 特別条項の運用は、①協定に記載した事情へ該当するか、②協定どおりの発動手続きを事前に行ったか、③自社の協定時間と法律上の複数上限をすべて守れるか、④健康・福祉確保措置を実施したか、の四つを一件ごとに記録します。勤怠アラートは45時間だけでなく、予定時間、年6回、年720時間、休日労働を含む単月・複数月平均から、その人が今月働ける残り時間を逆算する必要があります。

残業の到達見込みを見ながら特別条項の発動要否を検討する人事担当者と部門責任者
月末の実績確定後ではなく、45時間を超える見込みが分かった段階で、事情・手続き・上限を確認します。

「特別条項を発動する」とは何をすることか

法律上、「発動」という名称の申請書を労働基準監督署へ毎回提出する制度があるわけではありません。一般に実務でいう「発動」とは、届出済みの特別条項付き36協定に基づき、限度時間を超えるために協定で定めた手続きを実行することです。

厚生労働省の特別条項付き36協定届の様式では、「限度時間を超えて労働させる場合における手続」を定めます。記載例には、労働者代表者への事前申入れや労使協議が挙げられています。自社の協定が「労働者代表者へ事前に申し入れる」としているなら、45時間を超えた後の報告だけでは協定どおりの運用とはいえません。

先に確認するのは、次の三つです。

  1. 現在の36協定が有効期間内で、対象事業場・業務・労働者を含んでいるか
  2. 協定した「臨時的な特別の事情」に、今回の事実が該当するか
  3. 協定した手続き、特別延長時間、回数、健康・福祉確保措置を実行できるか

36協定の締結、届出、事業場単位などの基本は、36協定とは?上限時間・特別条項・届出後の勤怠管理で解説しています。本記事では、届出後に実際に月45時間を超えそうになった場面へ絞ります。

臨時的な特別の事情かを先に判断する

特別条項を使えるのは、通常予見できない業務量の大幅な増加などに伴い、一時的または突発的に限度時間を超える必要がある場合です。厚生労働省の資料では、予算・決算業務、ボーナス商戦に伴う繁忙、納期のひっ迫、大規模なクレーム、機械トラブルなどが例示されています。

一方、「業務の都合上必要な場合」「業務上やむを得ない場合」といった広い定めは、恒常的な長時間労働を招くおそれがあるため認められません。

突発的な機械トラブルと通常の繁忙を比較し、特別条項に該当する事情か検討する場面
「忙しい」という結論から始めず、今回の具体的事実が協定に記載した臨時的事情と対応するかを確認します。

臨時的な特別の事情を判断する視点

例示だけで自動的に決まるものではありません。協定の記載と実際の発生原因を照合します。

場面該当を検討しやすい事情見直しが必要な事情
納期対応予見できなかった大幅な仕様変更や納期前倒しが発生した毎月同じ受注量で恒常的に残業している
設備対応重要設備の突発的な故障により復旧作業が必要になった定期保守の不足で同じ故障を繰り返している
顧客対応大規模な障害・クレームへ緊急対応する必要が生じた通常の問い合わせ対応を常に少人数で処理している
欠員対応予見できない複数名の急な欠勤が重なり、一時的な応援が必要になった慢性的な欠員を残業だけで補っている
季節業務協定に具体的に定めた一時的な商戦・決算対応が発生した年間を通して適用される一般的な繁忙を理由にしている

協定届に例示と同じ言葉が書かれていても、実際には人員不足が恒常化しているなら、そのまま特別条項を使い続けるのではなく、人員配置、業務量、納期、シフトの見直しが必要です。

発動前に行う実務手続きを6段階でそろえる

特別条項の手続きは会社ごとに異なります。まず、自社の36協定書・協定届に記載した手続きを正確に読みます。そのうえで、少なくとも次の順番で判断と記録をつなぎます。

1. 45時間超の見込みを把握する

確定済みの実績だけでなく、承認済み残業、今後のシフト、休日出勤予定、納期までの作業見込みを含めます。打刻に未承認残業が含まれていないか、PCログなどと大きな差がないかも確認します。

2. 特別の事情と対象範囲を記録する

「繁忙のため」だけで終わらせず、発生日、原因、影響する業務、対象者、対応期限、必要な作業を具体化します。協定で定めた業務・事由から外れていないかを確認します。

3. 残業を減らす代替策を検討する

応援要員、担当変更、納期調整、業務停止、外注、休日予定の変更などを検討し、それでも残る必要時間を見積もります。特別条項の時間は、最初から使い切る枠ではありません。

4. 協定どおりの労使手続きを行う

労働者代表者への事前申入れ、労使協議、所定の通告など、自社が協定した方法を実施します。対象者、事情、予定時間、期間、代替策、健康・福祉確保措置を示し、実施日と確認者を残します。

5. すべての上限と回数を確認する

自社の特別延長時間、月45時間超の回数、年間累計、時間外労働と法定休日労働の単月合計、2〜6か月平均を一人ずつ確認します。一つでも上限を超える見込みなら、発動承認ではなく勤務計画の変更が必要です。

6. 健康・福祉確保措置を決めて本人へ伝える

協定で定めた面接指導、勤務間インターバル、深夜業の回数制限、代償休日・特別休暇、相談窓口などから、該当する措置を実施します。発動承認と同時に、対象者本人、上司、人事、勤怠担当へ共有します。

人事、部門責任者、労働者代表が残業見込みと健康確保措置を確認している場面
形式的な承認だけにせず、労働者側が事情・予定時間・健康確保措置を確認できる手続きにします。

45時間を超える前にこの順番で確認

1到達予測実績と予定から45時間超を予測
2事情確認協定した臨時的事情と照合
3労使手続事前申入れ・協議などを実施
4上限・健康複数上限と確保措置を確認

承認後も継続月末まで実績を追い、予定を超えそうなら再び業務を調整します。

特別条項でも守る上限は一つではない

一般の労働者を前提とすると、特別条項があっても次の上限をすべて守ります。自社の協定でこれより短い時間を定めていれば、より厳しい協定時間が上限です。

特別条項の上限と集計対象

「時間外労働のみ」と「時間外労働+法定休日労働」を分けて集計します。

確認項目集計対象境界実務上の注意
月45時間超の回数法定時間外労働年6か月以内連続していなくても数える。45時間ちょうどは「超」に含まない
1年の上限法定時間外労働720時間以内法定休日労働は720時間へ足さない
単月の絶対上限法定時間外+法定休日労働100時間未満100時間ちょうどは不可
2〜6か月平均法定時間外+法定休日労働各平均80時間以内2・3・4・5・6か月のすべてを確認する
自社の協定時間協定に定めた区分協定値以内法律の上限より短ければ協定値を守る

月45時間超が年6か月以内という制限で数えるのは、法定時間外労働です。法定休日労働を足した結果だけで45時間を超えても、その月が直ちに「45時間超の月」になるわけではありません。

一方、単月100時間未満と2〜6か月平均80時間以内は、特別条項を発動した月だけの規制ではありません。時間外労働と法定休日労働を行わせる場合、年間を通じて確認します。

対象期間が3か月を超える1年単位の変形労働時間制の対象者は、原則限度が月42時間・年320時間です。月45時間を42時間へ読み替えて、超過回数を管理します。1か月単位の変形労働時間制とは制度が異なるため、対象者区分を混在させないようにします。

【具体例】前月92時間なら、今月は68時間が上限になる

単月100時間未満だけを見ていると、複数月平均を超えることがあります。

ある従業員について、前月の「法定時間外労働+法定休日労働」が92時間だったとします。今月の2か月平均を80時間以内にするには、今月の合計は最大68時間です。

(92時間 + 今月の時間)÷ 2か月 ≦ 80時間

今月の時間 ≦ 68時間

今月の法定時間外労働が52時間、法定休日労働が18時間になる見込みなら、合計70時間です。単月100時間未満には収まりますが、2か月平均は81時間となり、上限を超えます。

(92時間 + 70時間)÷ 2か月 = 81時間

この場合、「特別条項を発動する」という承認では解決できません。今月の時間外・法定休日労働を合計68時間以下へ減らす必要があります。実績修正や緊急対応で時間が増える可能性もあるため、実務では68時間ぎりぎりではなく、安全幅を持たせます。

3〜6か月平均も同様です。過去2か月の合計が166時間なら、3か月平均80時間以内にする今月の上限は74時間です。

80時間 × 3か月 − 166時間 = 74時間

この例では、2か月平均から求めた68時間の方が厳しいため、今月の管理上限は68時間です。さらに、自社の協定で月の上限を65時間と定めていれば、最も厳しい65時間を使います。

勤怠アラートは「固定値」ではなく残り時間を出す

月40時間、45時間、80時間などの固定アラートだけでは、前月までの実績が異なる従業員に同じ判断しかできません。必要なのは、一人ごと・毎月ごとに変わる残り時間です。

月・年・超過回数・複数月平均を一つの画面で確認し、勤務予定を調整する人事担当者
複数の上限を別々に表示し、その月に最も早く到達する上限から残り時間を逆算します。

システムで持たせたい管理項目

  • 事業場、業務、従業員ごとに適用する36協定
  • 協定の有効期間と年間起算日
  • 法定時間外労働と法定休日労働の別集計
  • 一般条項と特別条項それぞれの月・年上限
  • 月45時間を超えた月の回数
  • 2〜6か月の各平均と、翌月に使える残り時間
  • 実績、承認済み残業、確定シフトを含む着地予測
  • 特別条項の申請日、事情、対象期間、労使手続、承認者
  • 健康・福祉確保措置の実施予定と完了記録
  • 打刻修正後の再判定とアラート履歴

アラートと担当者の対応を結び付ける

段階アラートの運用例

数値は例です。自社の協定時間と締め日、残り日数に合わせて前倒しします。

段階判定担当者の対応
早期注意実績と予定から月30〜35時間へ到達見込み本人・上司が残業予定と打刻差を確認する
業務調整月40時間前後または個人別上限へ接近部門責任者が要員・納期・休日勤務を変更する
発動判断対策後も原則限度を超える見込み人事が事情、協定手続、回数、全上限を確認する
絶対上限接近個人別の残り時間が安全幅を下回る追加勤務を止め、経営者を含めて業務を再配分する
実績確定月次締め・打刻修正後発動記録、健康措置、給与、各平均を再照合する

アラートメールを送るだけでは、時間は減りません。通知を受けた人が、何日以内に、どの勤務予定を変更し、誰へ報告するかまで運用ルールへ入れます。

また、残業申請の承認時間だけを上限管理へ使うと、未申請の実労働が抜けます。勤怠の丸め処理も確認し、打刻や客観記録を不適切に切り捨てないようにします。

発動申請・協議記録へ残したい項目

様式は会社で作れますが、36協定に定めた手続きを再現できる内容にします。

  • 申請日、対象事業場、対象業務、対象者
  • 協定に定めた特別の事情と、今回発生した具体的事実
  • 対象期間と時間外・法定休日労働の見込み
  • 残業削減のために検討・実施した代替策
  • 月45時間超の年間回数
  • 年間時間外労働の累計と残り
  • 単月100時間未満、2〜6か月平均80時間以内の判定
  • 協定した特別延長時間との比較
  • 労働者代表への申入れ、労使協議、通告などの実施日・結果
  • 実施する健康・福祉確保措置
  • 承認者と対象者本人への通知日
  • 月末実績、差異、追加対応

「特別条項使用:可」という結果だけでなく、判断に使った時間数と事情を保存します。申請後に休日出勤が追加された場合や打刻が修正された場合は、上限判定を再実行します。

健康・福祉確保措置は発動後の実施まで確認する

特別条項では、限度時間を超えた労働者の健康・福祉を確保するための措置を協定します。厚生労働省の資料では、次のような措置が示されています。

  • 医師による面接指導
  • 深夜業の回数制限
  • 終業から始業までの休息時間の確保
  • 代償休日・特別休暇の付与
  • 勤務状況や健康状態に応じた健康診断
  • 年次有給休暇の取得促進
  • 心とからだの相談窓口
  • 配置転換
  • 産業医などによる助言・指導や保健指導
長時間労働となった従業員が健康相談を受け、別室で人事と上司が勤務予定を再配分する場面
協定欄へ措置名を書くだけで終えず、相談・休息・業務再配分などを実際に行い、完了まで記録します。

協定で「勤務間インターバルを確保する」と定めたなら、翌日の始業時刻まで含めてシフトを確認します。「面接指導を行う」と定めたなら、対象基準、案内日、本人の意向、実施結果を必要な範囲で管理します。

特別条項の上限内であっても、安全配慮義務がなくなるわけではありません。発動の承認者と健康管理の担当者が分かれている場合も、同じ対象者と期間を追えるようにします。

月45時間を超えた割増率と月60時間超は別に確認する

特別条項付き36協定では、限度時間を超えた労働に係る割増賃金率を定めます。厚生労働省の資料では、法定の25%を超える率とするよう努めることが示されています。自社が30%などの率を定めた場合は、その率で支払います。

また、1か月の法定時間外労働が60時間を超えた部分には、法律上50%以上の割増率が必要です。特別条項で月45時間超を認める手続きと、割増賃金の計算は別です。

月60時間超の残業は割増率50%以上を参照し、時間外労働、法定休日労働、深夜労働を分けて給与へ連携してください。

建設業・自動車運転者・医師などは一般則をそのまま使わない

2024年4月から、建設業、自動車運転の業務、医業に従事する医師にも上限規制が適用されていますが、一部に一般則と異なる特例があります。

  • 建設業は原則として一般則が適用されるが、災害時の復旧・復興事業には単月・複数月平均の特例がある
  • 自動車運転の業務は特別条項付き36協定の年間上限が960時間となるなど、一般則と異なる
  • 医師は水準に応じた年間上限、追加的健康確保措置、専用様式がある
  • 新技術・新商品などの研究開発業務には、上限規制の適用除外がある

業種名だけで区分せず、対象となる事業・業務・労働者を確認し、専用様式と最新の厚生労働省資料を使います。通常工事と災害復旧工事、運転業務と事務業務などが同じ事業場に混在する場合は、従業員ごとの適用区分が必要です。

よくある運用ミス

特別条項の誤解を実務上の確認へ置き換える

「発動済み」という一つのフラグだけでは、適法な運用を説明できません。

よくある運用必要な確認
特別条項があるので繁忙月は自動発動協定した臨時的事情に該当するか、一件ごとに確認する
45時間を超えた後に申請する協定が定める事前申入れ・労使協議などを超過前に行う
年6回以内なら何時間でもよい年720時間、単月100時間未満、2〜6か月平均80時間以内も確認する
休日出勤は45時間へ全部足す45時間超回数・年720時間と、単月・複数月で集計対象を分ける
アラートを送ったので対応完了勤務停止・業務再配分などの対応期限と完了を追う
健康措置を協定へ書けばよい対象者への案内、実施、勤務変更まで記録する
承認済み残業だけを集計する打刻・客観記録と照合し、未申請の実労働も確認する

まとめ:発動フラグではなく、判断と対応を一本につなぐ

特別条項付き36協定を運用するときは、次の順番を崩さないことが重要です。

  • 45時間を超える前に、実績と勤務予定から到達を予測する
  • 今回の事情が、協定に記載した臨時的な特別の事情に該当するか確認する
  • 業務再配分や納期調整など、残業を減らす方法を先に検討する
  • 労働者代表への事前申入れや労使協議など、協定した手続きを実行する
  • 月45時間超の回数、年720時間、単月100時間未満、2〜6か月平均80時間以内をすべて確認する
  • 自社の協定時間が法律上の上限より短ければ、協定時間を守る
  • 健康・福祉確保措置を実施し、月末の実績確定まで追跡する

まず、直近で月45時間を超えた従業員を一人選び、超過前の日付に戻って確認してみましょう。その時点で、特別の事情、労使手続き、年6回、年間累計、休日労働を含む単月・複数月平均、健康確保措置を説明できる記録がそろっているかが点検の出発点です。

勤怠システムに36協定アラートがあっても、固定値の通知だけでは複数月平均や発動手続きまで管理できないことがあります。毎月の予測、申請、実績確認を社内で回し切れない場合は、勤怠チェックとアラート後の対応を一体で整える必要があります。