「始業は9時だから、9時より前は労働時間ではない」「休憩と決めているから、その時間は給与の対象外でよい」——そう考えてしまうことがあります。
しかし、法律上の労働時間は、タイムカードの時刻や就業規則に書かれた時間だけで決まるものではありません。実際に会社の指示を受けていたか、仕事から自由に離れられたかという働き方の実態で判断されます。
たとえば、始業前の着替え、昼休みの電話番、仕事と仕事の間の待機時間は、条件によって労働時間になることがあります。見落とすと、残業代の不足だけでなく、36協定の上限管理や健康管理にも影響します。
この記事では、勤怠管理に携わる経営者・人事担当者の方に向けて、労働時間の基本的な考え方をケース別に分かりやすく解説します。
この記事の結論 その時間に作業をしていたかだけではなく、「会社の指揮命令下に置かれていたか」で判断します。会社が付けた「休憩」「自主練習」などの名称より、実際に断れたか、自由に過ごせたか、業務上必要だったかが重要です。
労働時間とは「会社の指揮命令下にある時間」
労働基準法には、労働時間を一文で定義した条文はありません。一方、判例と厚生労働省のガイドラインでは、労働時間を使用者の指揮命令下に置かれている時間と整理しています。
「指揮命令」というと、上司がその都度「これをしなさい」と口頭で命じる場面を想像するかもしれません。しかし、明確な指示だけが対象ではありません。会社が当然のこととして求めている、上司が知りながら続けさせているなど、黙示の指示による業務も労働時間になり得ます。
また、接客やパソコン作業など、実際に手を動かしている時間だけが労働時間ではありません。指示があればすぐ仕事に戻らなければならず、自由に離れられない待機時間も含まれることがあります。
「会社にいた時間」と「労働時間」は同じではない
会社にいる時間がすべて労働時間になるわけでもありません。早く着いた従業員が、始業まで私的に読書をしている時間は、通常は労働時間ではありません。
反対に、会社の外にいるから労働時間ではないとも限りません。出張先での業務、客先への移動中に行う物品管理、自宅で指示を受けて行う作業などは、社外でも労働時間になり得ます。
つまり、場所や打刻だけで機械的に決めるのではなく、その時間を従業員が自由に使えたかを確認する必要があります。
迷ったときに確認する3つの質問
個別の事情によって最終的な判断は変わりますが、まず次の3点を確認すると整理しやすくなります。
1. 会社から明示または黙示の指示があったか
上司から直接指示された場合だけでなく、次のような状況も確認します。
- 行わないと注意や不利益を受ける
- 業務を始めるために欠かせない
- 全員が行う慣行になっており、上司も把握している
- 所定時間内には終わらない業務量だと会社が分かっている
「残業は申請制なので、申請のない作業はすべて労働時間ではない」とは限りません。上司が実態を把握しながら作業を続けさせていれば、黙示の指示があったと判断される可能性があります。
2. その時間から自由に離れられたか
作業をしていなくても、電話が鳴れば必ず出る、来客があればすぐ対応する、指定場所から離れられないといった状態なら、仕事から解放されているとは言いにくくなります。
休憩時間かどうかも、就業規則上の名称ではなく、実際に自由利用が保障されていたかで考えます。
3. 業務に必要な行為だったか
制服の着用、機械の立ち上げ、安全装備の点検、業務終了後の清掃など、本来の作業の前後にも必要な行為があります。会社が事業場内で行うよう義務付けている準備・後始末は、労働時間となる可能性が高くなります。
一方、本人が任意で行う私的な学習や、自由参加で不参加による不利益もない勉強会は、通常は労働時間に当たりません。
迷ったら、この順番で確認
- 1会社の指示がある?明示だけでなく、黙認や職場の慣行も確認
- 2仕事から離れられる?電話対応や待機場所などの制約を確認
- 3業務に必要な行為?着替え・準備・後始末などを確認
判断の目安「はい」が重なるほど、労働時間に当たる可能性が高くなります
【ケース別】労働時間になる・ならないの考え方
ここからは、中小企業の現場で迷いやすい場面を見ていきます。「必ず○」「必ず×」ではなく、判断を分ける事情に注目してください。
ケース1:制服・作業着への着替え
労働時間になりやすい例
食品工場で、衛生上の理由から指定された作業着と保護具を会社の更衣室で着用し、始業時刻には作業場に集合するよう求めているケースです。着用が業務上必要で、着替える場所も会社が指定しているため、着替えや必要な移動の時間は労働時間と判断される可能性があります。
労働時間にならないと考えやすい例
制服の着用が任意で、制服のまま通勤することも認められており、本人の都合で会社の更衣室を使っているケースです。
判断の分かれ目は、着用が義務か、会社内での着替えが必要か、業務を始めるために不可欠かです。
ケース2:始業前の朝礼・清掃・開店準備
労働時間になりやすい例
飲食店の開店が10時で、シフト上の始業も10時ですが、店長が従業員に9時45分の集合を求め、朝礼、レジの立ち上げ、店内清掃を行わせているケースです。打刻を10時に統一していても、9時45分からの作業は労働時間と考えるのが自然です。
労働時間にならないと考えやすい例
交通混雑を避けるため本人が早く出社し、始業まで私用のスマートフォンを見たり、朝食を取ったりしているケースです。会社の指示がなく、業務もしていなければ、早く到着しただけで労働時間になるわけではありません。
ケース3:終業後の日報・片付け・着替え
終業打刻の後に、日報入力、レジ締め、器具の洗浄、戸締まりなどを毎日行わせている場合、その作業時間は原則として労働時間です。「片付けは勤務時間に含めない」という社内ルールを設けても、実態が業務なら労働時間性はなくなりません。
着替えについては始業前と同様に、会社が指定した装備を事業場内で外し、所定の場所へ返却・保管することまで義務付けているかがポイントになります。
ケース4:昼休みの電話番・来客対応
労働時間になりやすい例
事務員が一人しかいないため、昼休み中も自席で昼食を取り、電話や来客があれば対応するよう求めているケースです。実際に電話が鳴らない日でも、その場を離れられず対応に備えているなら、自由に使える休憩とは認められにくくなります。
電話対応を当番制にする場合は、当番者には別の時間帯に、業務から離れて自由に利用できる休憩を与える必要があります。
ケース5:仕事の合間の待機時間
労働時間になりやすい例
配送担当者が倉庫で荷物の到着を待ち、到着次第すぐに積み込みを始めるよう求められているケースや、介護職員が利用者対応の合間に事業所内で待機し、呼ばれたらすぐ対応するケースです。何もしていない時間があっても、自由にその場を離れられなければ「手待時間」として労働時間になり得ます。
労働時間にならないと考えやすい例
業務から完全に解放され、連絡に応じる義務もなく、外出を含め自由に過ごせる休憩時間です。
ケース6:宿直・仮眠・オンコール待機
労働時間になりやすい例
施設内の仮眠室に滞在し、警報や電話があれば直ちに対応することを義務付けられているケースです。実際に眠っている時間があっても、場所を拘束され、仕事から離れることが保障されていなければ、仮眠時間全体が労働時間となる可能性があります。
労働時間にならないと考えやすい例
緊急連絡用の携帯電話を持ち帰るものの、自宅や外出先で自由に過ごすことができ、呼出しの頻度も低く、待機中の行動や場所に具体的な制約がないケースです。ただし、実際に電話対応や出動をした時間は別に把握します。
オンコール待機は、応答までの時間、居場所の制限、飲酒等の制限、呼出しの頻度、対応しなかった場合の不利益などを総合して判断します。携帯電話を持たせたかどうかだけでは決まりません。
ケース7:研修・勉強会・自主練習
労働時間になりやすい例
会社指定の研修へ休日に参加するよう指示され、レポート提出も必要なケースや、研修を受けなければ担当業務に就けないケースです。「研修」という名称でも、実質的に参加が義務なら労働時間になります。
労働時間にならないと考えやすい例
参加は完全に自由で、不参加による評価上の不利益もなく、本人が希望して参加する勉強会です。会社の設備を借りて本人の意思で練習しているだけの場合も、会社の指揮命令がなければ通常は労働時間に当たりません。
「自由参加」と案内していても、上司が繰り返し参加を求めたり、参加しないと事実上仕事を与えられなかったりする場合は、形式ではなく実態で判断されます。
ケース8:通勤・出張・現場への移動
通常の自宅と会社の間の通勤時間は、原則として労働時間ではありません。直行直帰や、出張のため前日に移動する時間も、移動中の過ごし方が自由で、具体的な業務を命じられていなければ、一般には労働時間に該当しないと考えられます。
一方、移動中に会社の車を運転する、商品や機材を監視・運搬する、オンライン会議に参加するなど、移動そのものに業務が伴う場合は、その部分が労働時間になり得ます。
建設現場などで、会社に集合して社用車へ資材を積み、会社の指示で全員一緒に現場へ移動する場合も、単なる通勤と決めつけず、集合後の作業と移動の実態を確認する必要があります。
ケース9:持ち帰り仕事・テレワーク・時間外のチャット
上司が「明日の朝までに」と資料作成を指示し、従業員が帰宅後に作業した時間は、自宅であっても労働時間です。また、仕事量から見て所定時間内に終わらないことを上司が認識し、時間外の作業を黙認している場合も、労働時間と判断される可能性があります。
深夜に業務チャットを受信しただけで、受信後の時間がすべて労働時間になるわけではありません。ただし、すぐ返信するよう求め、実際に回答や作業をさせた時間は記録が必要です。
テレワークでは、始業・終業の申告だけでなく、パソコンの利用記録、メールやチャットの送信時刻、成果物の更新履歴などと大きなずれがないか確認します。
ケース10:残業申請をせずに行った仕事
残業を事前申請制にすること自体は、業務管理の方法として考えられます。しかし、「申請がないから労働時間ではない」と自動的に扱うことはできません。
たとえば、上司の目の前で毎日終業後も働いている、退勤打刻後に業務メールを送っている、達成困難な期限を指示されているといった事実があれば、会社の黙示の指示が認められる可能性があります。
申請ルールに違反したことへの社内対応と、実際に働いた時間を把握して賃金を計算することは、分けて考える必要があります。
10ケースの判断ポイント早見表
結論は個別の実態で変わります。まず確認すべきポイントを一覧にしました。
| 場面 | 労働時間になりやすい | ならないと考えやすい |
|---|---|---|
| 着替え | 指定の服装を会社内で着る義務がある | 着用・着替える場所を本人が選べる |
| 朝礼・準備 | 集合や作業を会社が求めている | 本人の都合で早く着き、仕事をしていない |
| 終業後の作業 | 日報や片付けなどが業務上必要 | 業務を終え、私的な理由で残っている |
| 昼休み | 電話・来客へすぐ対応する必要がある | 業務から離れ、自由に利用できる |
| 待機 | その場を離れられず、すぐ作業に戻る | 連絡義務がなく、自由に過ごせる |
| 仮眠・オンコール | 場所や行動を拘束され、即応が必要 | 行動の制限が小さく、自由に過ごせる |
| 研修 | 参加指示や不参加による不利益がある | 完全な自由参加で、不利益もない |
| 移動 | 運転、機材管理などの業務を伴う | 移動中の過ごし方が自由 |
| 持ち帰り・在宅 | 指示や黙認のもとで実際に作業する | 業務連絡を受けただけで作業していない |
| 未申請の残業 | 上司が仕事をしている事実を把握している | 会社が把握できず、業務上の必要もない |
会社が労働時間を正しく把握するための実務対応
厚生労働省のガイドラインでは、会社は労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、記録することとされています。原則的な方法は、会社による現認、またはタイムカード、ICカード、パソコンの利用時間などの客観的な記録を基礎にする方法です。
1. 打刻の前後に行っていることを洗い出す
現場ごとに、出社から始業打刻まで、終業打刻から退社までの行動を確認します。朝礼、着替え、パソコン起動、清掃、日報、戸締まりなどが打刻の外に出ていないかを見ます。
2. 休憩中の役割を確認する
休憩時間に電話番、来客対応、利用者の見守りなどをさせていないかを確認します。対応が必要な当番者には、交代後に別の休憩を確保します。
3. 勤怠記録と客観記録の差を確認する
自己申告の時刻と、入退館記録、パソコンのログ、メール送信時刻などに大きな差がある場合は、理由を調べます。ログインしていた時間をすべて労働時間とみなすのではなく、差が生じた原因を本人と上司に確認することが大切です。
4. 管理職へ「黙示の指示」を説明する
「残業を命じていない」という認識でも、終わらない仕事を与えたまま放置したり、退勤後の作業を知りながら成果物を受け取ったりすると、黙示の指示と評価される可能性があります。勤怠担当者だけでなく、現場の管理職への教育が必要です。
5. 判断が難しい働き方は記録を残す
オンコール、宿直、直行直帰、研修などは、運用条件を文書にします。参加や応答の義務、場所の制限、実際に業務をした場合の申告方法を明確にし、制度上の名称と実態がずれないよう定期的に見直します。
実務チェック 勤怠システムの設定だけを見ても、労働時間は確定できません。就業規則、雇用契約、シフト、現場の指示、打刻前後の行動を一緒に確認し、実態をシステムへ反映させます。
判例から理解する労働時間の判断基準
ここからは、労働時間の考え方を形づくった代表的な最高裁判例を、実務との関係が分かるように紹介します。
三菱重工業長崎造船所事件(最高裁第一小法廷・2000年3月9日判決)
造船所で働く従業員の、作業服・保護具の着脱や準備、所定の場所までの移動などが労働時間に当たるかが争われた事件です。
最高裁は、労働時間に当たるかどうかは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるかによって客観的に決まり、就業規則などの定めだけで決まるものではないという基準を示しました。
そのうえで、業務に必要な準備行為などを事業所内で行うことが義務付けられ、または余儀なくされている場合、その行為に社会通念上必要な時間は、原則として労働時間に当たると判断しました。
この判例から分かるのは、会社が始業時刻を決めるだけでは不十分だということです。「始業時刻には作業できる状態で集合」と求めるなら、そのために会社内で必須となる準備時間も確認しなければなりません。
大星ビル管理事件(最高裁第一小法廷・2002年2月28日判決)
ビル設備の管理を担当する従業員の泊まり勤務で、連続7〜9時間とされていた仮眠時間が労働時間に当たるかが争われた事件です。
従業員は仮眠室で待機し、警報や電話があれば直ちに対応することを義務付けられていました。最高裁は、実際に作業をしていない仮眠時間であっても、労働から離れることが保障されていなければ、使用者の指揮命令下にあると評価できるとしました。
この判例は、「実作業が少ないから休憩」という考え方が成り立たない場合を示しています。重要なのは、呼出しが何回あったかだけでなく、呼出しに備えること自体が義務だったか、自由に離れられたかです。
2つの判例に共通すること
2つの判例に共通するのは、名称や形式ではなく実態を見るという考え方です。
- 就業規則に「始業前」と書いていても、必須の準備なら労働時間になり得る
- 勤務表に「休憩」「仮眠」と書いていても、自由に離れられなければ労働時間になり得る
- 労働時間かどうかは、会社と従業員が便宜的に合意した名称だけでは変えられない
この基準が、着替え、待機、研修、持ち帰り仕事などを判断するときの土台になります。
まとめ:打刻時刻ではなく、働き方の実態を確認する
労働時間とは、簡単にいえば従業員が会社の指示のもとに置かれ、仕事から自由に離れられない時間です。
判断に迷ったら、次の点を確認してください。
- 明示または黙示の指示があったか
- 行わないことを本人が自由に選べたか
- 業務に必要な準備・後始末だったか
- 待機中にその場を離れ、自由に過ごせたか
- 就業規則や打刻上の名称と、実際の運用が一致しているか
労働時間の範囲を誤ると、未払い賃金だけでなく、36協定の上限超過や長時間労働の見落としにつながります。まずは一日の仕事の流れを、出社から退社まで現場の担当者と一緒にたどるところから始めましょう。
なお、労働時間に当たるかどうかは個別事情によって結論が変わります。宿直・オンコール、特殊な移動、事業場外労働など判断が難しい運用については、労働基準監督署や社会保険労務士などの専門家へ相談してください。